2018年 世界一周旅行 in アメリカ その3 ロサンゼルス

ご覧いただきありがとうございます。ヒロです。
 
ロサンゼルスにやってきました。この街はアメリカでの人口第二位の大きな町で西海岸に面し温暖な気候に恵まれています。この町に到着後すぐに違和感を感じたのですが、その違和感はスペイン語を多くの場所で見かけるからだという事に気付きました。スペイン語と英語の矢両方で書かれた広告等を多く見かけます。ヨーロッパに戻ったような気分になりました。スペイン語が多く使われるのはメキシコ移民が多いからだそうで、私が立ち寄った個人商店でもスペイン語で「オラー(こんにちは)」「グラシアス(ありがとう)」と挨拶されました。地図を見てみると、チャイナタウンだけでなく、コリアンタウン、そしてリトルトーキョーというエリアもあるようです。複数の人種が絡み合う複雑な歴史があったと想像させます。この街に来たのは帰国の航空券がロサンゼルス発だった為。そう、この街が私の世界旅行の最終地となります。
 

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ラスベガスからロスへの移動ですが、長距離バスを利用しました。距離が300kmほどしか離れていないこともあり、バスを使った方が安く済むだろうとの判断です。私が利用したのはメガバスという会社で、ラスベガスからロサンゼルスまで20ドルほど。やはりバスは安い。飛行機は手続きやら何やらで乗るのがめんどくさいという事もあります。乗車位置はラスベガスのマッカラン空港の南にあるバスターミナル。10時ごろにバスは出発し、ロサンゼルスのユニオンステーション駅に到着したのは4時頃。バスは移動途中、下道のパーキングに停車したのですが、そこのお店が面白いスタイルでした。一見、高速道路のパーキングエリアのようなお店で、中はコンビニ+サブウェイがあったのですが、さらに見てみると小さなシアタールームがあり、コインランドリースペースがあり、床屋がありといった感じで、小さいながらも意外と充実していました。さすがキャンピングカー大国。こういうお店があちこちあるのであれば、キャンピングカーでの移動でも、洗濯物などに困ることは無さそう。
 
ロサンゼルスで泊ったのはWidblueというホステル。最寄り駅Wilshireから出てホステルに向かうと、周辺には韓国文字が書かれたビルが多く見られます。どうやらこの周辺はコリアンタウンと呼ばれる地域のようです。そしてWidblue前に到着、見た目は普通の一軒家。正面の建物には受付らしきものは無く、建物の横を奥に入っていくと、もう少し小さな建物がありました。中に入っていくと韓国語で話をしている二人の女性がいました。どうやらこの女性がホステルの従業員のよう。受付を済ませると部屋に案内されました。私の部屋は正面にあった一軒家の中。中に入るとまさしく普通の民家。ただ、日本の一軒家より広々した印象を受けます。寝室は4部屋、リビングが1部屋。寝室には2段ベッドが置かれています。元々一軒家だけあって、そんなに大人数を想定していません。トイレ兼シャワー室は二つありましたが、使う際には中から鍵を掛けられてしまうので、一度に一人しか使えません。朝と夕方の最繁期にはトイレシャワー待ちの人が列を作ることとなりました。
 
しかしこの宿がコリアンタウンにあるのは私の食事面において非常に助かりました。宿の近くに比較的安い中国料理や韓国料理のお店があったのです。そしてロサンゼルス内にあるリトルトーキョーという地区。ここなら日本料理が食べられるに違いないとウキウキしながら向かいます。今まであまり食事面についてはブログで書くことはありませんでしたが、ヨーロッパ、アメリカでの食事はかなりの割合でハンバーガーばかりを食べていました。これらの国では外食すると非常に高く、軽く済ませても2000~3000円ぐらいかかってしまうのです。一日三食外食で済ませたらいくらお金があっても足りません。そこで比較的安く済むハンバーガー屋で食事を済ませるという事になったのです。しかしいくら私がハンバーガーが好きでも毎日のように食べ続けているといい加減飽きてしまいます。この脂っこいものを食べ続けているのは健康上でもよろしくありません。
 
地下鉄に乗ってリトルトーキョーに向かいます。最寄駅から歩く事10分。赤い櫓が見えてきました。しかしこの櫓は一体何なのか。さて、周辺を見渡すとすぐに飲食店を見つけます。ラーメン屋が数件、外国人がお店の前に行列を作っています。ラーメンは外国でも人気のようです。私が入ったのは普通の和風レストラン。働いている人は日本人のようで、店員同士の会話は日本語で行っています。カウンターに座り、たまご丼を注文。ほどなくして親子丼の鶏肉無しのどんぶりが出てきました。鶏肉が無いのは残念ですが、味付けは紛れもなく日本の味付け。しょうゆとみりんの甘みが懐かしい。久しぶりに日本の味を堪能できました。
 

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食事が終わったら、近くにあったジャパニーズ・アメリカン・ナショナル・ミュージアムに行ってみました。この博物館では、明治以降にアメリカに渡った日本人達の軌跡が紹介されており、時代に翻弄された日本人達の苦労が偲ばれます。この中で印象に残ったのは、第二次世界大戦が始まり、アメリカに住む日系人が差別を受け、日系二世の大勢の若者がアメリカへの忠誠心を証明するために軍隊に志願したというエピソードです。そして彼らが配属された422部隊はヨーロッパで勇敢に戦い、散り、多くの勲章をもらったという事です。アメリカの価値観の中、アメリカで育ち、英語を話した彼らですら、特攻隊のごとく戦場に突っ込み、果敢に戦ったという話を聞くと、日本人の生真面目さ、お国の為に死ぬといういう発想はDNAレベルで日本人の中に組み込まれているのではないかと連想してしまいます。今の現代社会でも会社の為に必死になって働き、消耗していく日本人ですが、これは避けられない日本人の宿命なのかもしれません。そして、今世界中で問題になっている難民問題。この博物館は今起きている難民問題を理解する上での参考になるかもしれません。昔の日本人も世界中に移民し、それぞれの地で良くも悪くも現地の人との間に多くの問題が起こりました。難民と移民では若干異なりますが、元々住んでいた住民とそこに大挙して外国人が住みつくという状況は同じです。
 

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ハリウッド&ハイランドというショッピングモールに行ってみました。すぐ横にグローマンズチャイニーズシアターがあります。チャイニーズシアターの前には有名人のサインと手形があります。そしてショッピングモールからはハリウッドサインが見えます。映画を見て帰ろうかと思いましたが、結構高かったので止めました。英語で内容を理解できない映画にそんなに出せません。ハリウッドのショッピングモールという割には割と普通、あまり映画に関係する展示物が無いような。
 

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テレビの「世界の果てまで行ってQ」で出川哲郎が行っていたグリフィス天文台にも行きました。ここは小高い丘の上にあり、地下鉄からバスに乗り換えて行きます。この天文台には見学スペースがあり、見学だけなら無料で見ることが出来ます。有料のプラネタリウムもあり、これを見学する事に。内容はおそらくバイキングが見た星空。上映が始まると、映画の魔法使いの老婆のようなだみ声を出しながら、おばちゃんが演技がかったナレーションで夜空の解説をしてくれます。北極の冬至夏至の太陽の動きの解説、オーロラの解説、オーロラの原因となる太陽の解説等、楽しんで見ることが出来ました。そして天文台から出て、夕日、夜景を待ちました。
 

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サンタモニカは広大なビーチが有名です。ロサンゼルスの中心街からは多少距離が離れており、地下鉄に乗って一時間ほど掛かりました。駅から出てまっすぐに海に向かうと、サンタモニカ埠頭入口に5分ほどで到着。非常にたくさんの人が埠頭を目指し歩いていました。埠頭の両側にはたくさんの屋台が、そして遊園地のような遊具が見えてきました。海の上にある遊園地とは珍しい。遊園地を横切り埠頭の先端に行きます。埠頭では多くの釣り人がいました。その日は日差しが強く、一張羅の登山服を着てうろついている自分にはかなり暑い。周りの人はTシャツ一枚で歩いています。しかし海風はとても冷たく気持ちいい。しばらく埠頭先のベンチに座って海を眺めていると、海面付近で何かがうねる様子が見えました。じっと海面に目を凝らしているとアシカの頭が。釣り人が釣竿を上げると同時にアシカも飛び跳ねました。どうやら釣り糸に掛かった魚を狙っているらしく、釣り人が魚を引き上げた時には魚の半分は食べられてしまっていました。針が付いている頭を食べない所が賢い。そんなアシカと釣り人の様子をしばらく眺めていました。
 

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こんな感じでサンフランシスコの滞在は終わりました。最後は盛り上がりに欠けたなというところが正直なところです。今回の世界放浪旅行ですが、私の自己採点的には50点といったところ。もうちょっと現地の人と絡めたら面白い事があったかもしれないと感じます。頭では分かっていても、元々引っ込み思案な自分では難しいし、各地で厄介な連中に絡まれまくった後で段々と億劫になって来ました。ましてや会話できるほどの英語力もありませんし。まぁ自分なりに全力で遊び回ってみたのですから、その点については大満足です。
 
今まで私の駄文にお付き合い頂き有難うございました。これから俗世に戻るべく気分を切り替えていきます。ではでは。
 

2018年 世界一周旅行 in アメリカ その2 ラスベガス

ご覧いただきありがとうございます。ヒロです。
 
ラスベガスにやってきました。砂漠の真ん中にあこの町は、ご存知の通りカジノで有名です。またここは一大エンターテインメントの町で、毎晩沢山のショーが開催されています。そして大型ショッピングモールにはブランド店が軒を連ねています。まさにお金持ちの為の町で、私の様な貧乏旅行者には縁のない場所ですね。大抵のホテルにはカジノも併設されているようですが、多くのカジノが集まるのは、ダウンタウン地区とストリップ地区です。ダウンタウン地区はラスベガスの昔からのカジノ街で、大きなアーケードにカジノが軒を連ねています。ストリップ地区は現在のラスベガスのカジノの中心街で、大きなホテルが立ち並び、ホテルには様々な意匠が施されています。エジプトをテーマにしたもの、ニューヨークをテーマにしたもの、ローマ、ギリシャ、パリをテーマにしたものなど様々です。そしてここに多くの劇場やショッピングモールがあります。
 
写真

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この町には至る所にスロット台があります。なにせ飛行機から降りると空港の中にスロット台、コンビニの中にもスロット台、という感じです。そんな町ですが、グランドキャニオン観光の入り口でもあった為に立ち寄ることにしました。3月のラスベガス訪問ですが、氷点下を下回ることもあったニューヨークと違ってこの町はとても暖かく、朝夕は冷えますが日中は気温も上がり、Tシャツ姿の観光客も見られるぐらいです。
 
今回の移動も飛行機で、航路はニューヨークのニューアーク空港からラスベガスのマッカラン国際空港になります。機上時間は5時間ほど、しかし問題は飛行機の出発時間で、朝の6時頃だったのです。深夜に宿を出るのも億劫で、かつ宿泊費をケチって深夜に空港に行き、空港泊をすることにしました。
 
ニューヨークの宿でタクシーを呼んでもらい、ニューアーク空港に移動しました。しかし、タクシーに乗る少し前からなんだか猛烈にお腹が痛くなってきました。特に変な物を食べた記憶は無いのですが。やってきたタクシー運転手は軽いノリのおじさんで、ピーナッツを食べながら運転しています。窓から殻を投げ捨て、その度にハンドルを動かしてしまい車が揺れまくります。が彼は気にしません。ピーナッツを私に勧めてきましたが、腹痛の私はそれどころではありません。脂汗をかきながら必死に耐え続けます。空港に到着すると私はトイレに駆け込み、やっと一息つくことが出来ました。
 
さて航空会社のカウンターに赴きましたが、出発時間が次の日の朝とあっては誰も居ません。本当は手続きを全て済ませて搭乗口前で待つか、お金を払ってでもラウンジに入っても良いと考えていましたがなかなかうまくいきません。仕方なく空港内のソファーに座って仮眠を取ることにしました。しばらくすると近くで何やら気配がしました。顔を上げ、時間を確認すると深夜2時ごろ。受付までまだまだ時間があります。ふと横を見ると、すぐ横にいつの間にか欧米人の男が座っていました。30cmも離れていません。思わずびっくりして「おぉう⁉︎」と声を出してしまった私にお構いなく、彼は「英語は話せるかい?」と聞いてきました。起き掛けにこんな事を聞かれて訳が分かりませんが「え?あ、はい」と答えると彼は早口で何やら話し始めました。ネイティブの英語は聞き取りにくいのですが、彼の発音は特に聞き取りづらく、何を言っているのかさっぱりわかりません。彼は話し相手が欲しかったのかもしれませんが、こんな深夜時間の中、私は少しでも寝たいと思っており、一方的に話している彼に戸惑いを感じていました。そもそも相槌も打たない私の様子から話を理解していないと彼には分かりそうなものですが。彼を無視して眠るのも失礼な気もするし、それからずっと一方的に話しまくる彼の様子が気持ち悪くなってきたため、軽く挨拶して場所を変えることにしました。流石に彼は追って来ずそこから受付時間まで少し眠ることが出来ました。4時ごろに航空会社の窓口に向かい、航空チケットを入手。6時過ぎに飛行機に乗り込みました。ラスベガスに到着したのは10時過ぎ。飛行機から出ると、空港内の至る所にスロット台があり驚いたのは前記した通りです。
 
空港から宿までの移動方法をネットで軽く調べると、タクシーか乗り合いタクシーが良さそう。乗り合いタクシーだと8ドル程度だとネットには書かれています。空港から出るとすぐに乗り合いタクシーの窓口に向かい宿の場所を告げると、パソコンに向かって手続きをしています。支払う段階で値段が25ドルと言われ、びっくりしました。何でそんなにするのかと聞いたのですが、場所がストリップ地区でもダウンタウン地区でも無いから値段が違うのだと言います。こんなことならタクシーを使った方がまだましだと、バンが来るまで一人で文句を垂れるのでした。しかも、宿の前に到着し、乗り合いタクシーのバンから降りた後、後ろの荷台から荷物を下ろそうと扉を開けた途端、アイスボックスが私の方に崩れ落ちてきました。慌ててそれを受け止めたところ、ボックスには中身が入っていたらしく想像以上に重く支えきれない。ボックスを抱えたまま後ろにひっくり返ってしまいました。怪我はありませんでしたが、踏んだり蹴ったりです。
 
今回泊まった宿はSin City Hostelというドミトリー宿で、ストリップ地区とダウンタウン地区の真ん中ぐらいの位置にある宿でした。カジノに行くにはちょっと不便な場所ですね。大きな通り沿いにあり、建物もまばらにしか無いので、場所はすぐに分かったのですが看板が見当たらない為に、目の前の建物で良いのか少し迷いましたが。
 
事前にラスベガスの宿を探す時、ストリップ地区の中心にある遊園地のような設備のある大きなホテルの値段が何と一泊20ドル程度。その宿に決めかけたのですが、値段をよくよく見ると別途税金が30ドルとなっていました。それでも、これだけ大きなホテルが50ドル程度で泊まれるのは破格だと思うのですが、貧乏性が身についた身としては贅沢に感じ、ドミトリー宿を選ぶことにしました。宿泊費は一泊20ドル程度、簡単な朝食込の値段です。宿の横に駐車場があり、その横にある建物の壁にSin Cityと書かれたイラストが。イラストが描かれた建物、別の宿なんですけどね。
 

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ドミトリー部屋にはそれぞれトイレとシャワー室があり、そこそこ綺麗に保たれています。ベッドのスプリングが少々ヘタっており、寝返りを打つたびに軋み音を上げるのはご愛嬌。ドミトリーなので快適に過ごせるかどうかは同室の人次第ですね。私が部屋に入ると、先客の男に声を掛けられ、どこから来たのと言ったいつもの質問をされます。彼はペルーから来てラスベガスには5回も来ていると言います。随分とカジノにはまっているようです。私は1週間前にペルーから来たと伝えると驚いていました。
 
しかしさすがアメリカ、少し食事をするだけでも車が無いと不便な場所です。この町では鉄道網も殆ど無く(一部ホテル間を結ぶモノレールがあるぐらい)、至る所にファミリーレストランがある訳でもない為、食事する場所には苦労しました。しかしラスベガスはカジノで儲けるために、食事が安めに設定してあると聞いていたのですが意外と高い。マクドナルドやサブウェイでセットメニューを頼んでも7,8ドルします。ニューヨークと変わりません。安いというのはレストランの値段の事なのか、それとも安いと言っているのはお金持ちの人なのか。。。ちなみにレストランも普通に一品10ドル以上しました。
 
さて、ラスベガスに来たからにはカジノに行ってみたくなります。観光初日、まずは宿からほどほど近い、徒歩で15分ほどの距離にあるダウンタウン地区に向かいました。この地区にはかまぼこ状の大きな屋根が掛かっていました。500mほどはあるでしょうか。この屋根の両側にカジノや飲食店が軒を連ねていました。この屋根には仕掛けがあり、夜8時から映像が映し出されるようです、が、外国で夜遅くに出歩くことを避けている私は、残念ながらそのショーを見ることが出来ませんでした。この屋根の下にはアトラクションもあり、屋根の下にワイヤーが張られており、このワイヤーからぶら下がって滑るものでした。
 

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適当なカジノを見繕い中に入ります。あまり賭け事はやったことが無く、対人のジョーカーやルーレットは見るだけにしておき、スロット台を見て回ります。ルールも良く分かりませんでしたが、基本的には掛けるレーン数と倍率を選ぶようです。最低掛け金は1セント、25セント、1ドルなど。掛け金が1セントの台でも、一度に掛けるライン数が25~70ぐらいですので、一回の掛け金も最低25セント~70セントとかになります。スロット台に20ドル札を入れゲームを始めますが、外れ運には自信があっても通常の運はサッパリな自分。殆ど当りも出ずグングン減らしていきます。いくつか台を変えてみましたが、最後にやった台で少しだけ出て、20ドルマイナスぐらいで何とかすみました。
 
そして観光二日目はグランドキャニオンツアー。これは宿で申し訳を行いました。しかし場所がグランドキャニオンウエスト(west)と、サウス(south)と二つあるようです。何が違うのか調べてみると、サウスの方が世界遺産に登録された地域で景色も良く、ただし遠くにある為、バスで片道5時間。114ドル。エストの方は景色はまあまあ。ただ、世界遺産登録されていないメリット(?)で、スカイウォークとやらの断崖絶壁に作られた通路や、ヘリコプターを飛ばすツアーがあるなどやりたい放題の場所の様。距離も近く、二時間半の様です。150ドル。お金の掛かるヘリコプターツアーなど参加する訳もない訳で、この情報を見てサウスを選びました。出発は朝6時、宿までピックアップに来てくれます。Sin Cityからグランドキャニオンツアーに参加するのは私だけではなく、なんとSin Cityのカウンターで受付をしていた従業員の女の子二人も行くようです。従業員というか、働く代わりに宿に泊めてもらっているのでしょう。ピックアップアップに来たバスは、他のホテルを回ってツアー客を乗せて行きます。それらホテルの大きさ、豪華さを間近で確認し、自分の泊まっている宿との差に愕然としました。ピックアップバスは、ラスベガス空港近くの大きな駐車場に到着。そこからもっと大型の観光バスに乗り換えました。
 
バスは2時間ほど走り続け、途中でフーバーダムに到着。そこで10分程のトイレ休憩。フーバーダムは赤い岩山に作られたダムで、荒々しい風景です。ダムの斜面に敷設されている、送電線が掛かった鉄塔が何故か地面に対して斜めに建っていました。
 

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さらに二時間ほど走り続け、とあるお土産横にバスは立ち寄ります。お店前には旧車、店内にはこれまた古そうなバイクが並べられています。このお店にやたら見かけるルート66と書かれたお土産。大陸を東西に数千キロに渡り繋いでいたこの道路は、このお店の前を通っていたようです。しかしこのルート66は今現在ではハイウェイの整備によって廃線、分断されてしまったようです。
 

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そして昼過ぎ、ようやくグランドキャニオン国立公園に到着しました。残念ながら、この時も小雨が降ったりやんだりといった微妙な天気でした。駐車場から公園内のレストラン兼お土産屋の建物を抜けると、目の前には色とりどりの広大な渓谷が広がっていました。自分が居る場所は東西に連なる渓谷の南側の崖の上です。グランドキャニオンは非常に多くの地層がウェハースの様に積み重なっている事が分かります。そして地層ごとに色が異なり、思いのほかカラフルです。渓谷は非常に入り組んだ谷間形成しており、複雑な模様を作り出しています。
 
渓谷の崖っぷちに立った建物がありました。中はお土産屋と小さな展示スペースがあり、グランドキャニオンの開拓者の写真などが飾られていました。彼らはこの景色に魅せられ、この土地に住むことに決めたのでしょう。そういう生き方には憧れます。
 

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帰りのバス集合時間は5時頃。帰り道にバスは何度か般道のパーキングに立ち寄ります。ラスベガスに着いたらまたバスを乗り換えるのかと思いきや、ツアーバスは直接宿まで送ってくれました。宿に帰ってきたのは23時頃で、宿に帰るとシャワーを浴びてベッドに横たわるのでした。
 
そして観光三日目はラスベガスの町を観光する事にします。カジノのリベンジマッチです。まだ行っていなかったストリップ地区を目指します。ラスベガスにはストリップ地区とダウンタウン地区の間を巡回するバスがあり、Sin City Hostelから、これを利用する事で行き来する事が出来ます。2時間券が6ドル、24時間券が8ドル。バスの中で券を購入します。バスは二階建てだったので眺めの良い2階に座ります。ストリップ地区に入ると様々な外観のホテルが軒を連ねていました。バスは大通りを走り続け、ストリップ地区の外れ、空港に近い位置に来るとUターンを始めたので、バスから降りて一つ一つのホテルを眺めながら歩きます。その中の一つ、ミラージュホテルに入ります。中のカジノはとても豪華な作りです。適当なスロット台に座り、打ち始めますが全く出ません。残り10ドルは台を変えて打とうと適当な台に座り、レシートを入れ打ちました。一回ルーレットが回っただけで残金ゼロ。あれ?何が起こったのかさっぱり分かりませんでしたが、台に書かれている記号を見て気づきました。1セント台で打ったつもりが1ドル台で打っていました。これなら文字通りミラージュのように10ドルが一瞬で消えた事に納得。他の台を探しますが、全体的にここのホテルの台は高めの台しかないようです。周辺のホテルも同様に違いありません。仕方なく、巡回バスに乗ってダウンタウン地区のカジノに向かいます。先日若干出てくれた台で打ち直しましたが、ほとんど増えることなく終了。負け続けてすっきりしない私は他のカジノに手を出そうかとカジノの中をうろつくと、夕方近くになり人が増えだした為かたばこの煙が酷くなってきました。私はたばこの煙が嫌いで、この中でカジノを続けるのは断念することになりました。そう、室内禁煙が基本のアメリカでも、カジノの中では喫煙が許されているようなのです。まぁ、これは続けてもきっと勝てないから諦めて帰った方が良いという事でしょう。60ドルほど使ったところで退散。そんなわけでカジノに関しては全く勝つことも無く、 良いところなしで終了することとなりました。
 
今回はこの辺で。ではでは~。
 

2018年 世界一周旅行 in アメリカ その1 ニューヨーク

ご覧いただきありがとうございます。ヒロです。
 

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アメリカ、ニューヨークにやってきました。アメリカ横断ウルトラクイズを見ていた世代ならわかってもらえるかもしれませんが、ニューヨークは一度訪れてみたい場所の一つです。あの当時はまだアメリカへの海外旅行など高根の花でしたが、今では多くの人が訪れていると思います。飛行機から外の様子を見ると、街全体がなにやら白く染まっている事に気付きます。なんと雪が積もっています。後で聞いたところによると、数日前にニューヨークに雪が降ったそうです。私が到着した時には雪は降っていませんでしたが、それでも気温は日中でも氷点下を下回ったりしました。3月のニューヨークは非常に寒い場所でした。ただ、私が空港から降り立つときには街中の雪がほとんど溶けていました。
 
アメリカ国内の空港に着いてからすぐに感じたのは非常に多くの人種が溢れていること。白人はもちろん黒人も多く見かけます。マンハッタンの町には数多くの高層ビルがそびえ立ち、私を圧倒します。タイムズスクエアでは周辺のビルにネオン管やディスプレイが設置され、煌びやかかつエネルギーを感じます。そして人々のテンションが妙に高い。マンハッタンを歩いていると、大声で騒ぎながら歩く人々がおり、中には踊りだしている人まで。人の多さでは渋谷や新宿も負けていないと思いますが、町中こんなテンションで騒ぐのはハロウィンやら年末年始の時ぐらいだと思います。
 

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今回の航路ですが、クスコ空港(ペルー)→リマ空港(ペルー)→フロリダのフォートローダーデール空港(アメリカ)→ニューヨークのニューアーク空港(アメリカ)となります。空港と飛行機に居た合計時間はほぼ24時間。今回の移動も疲れました。アメリカはテロの影響で入国が厳しい事が知られていますが、リマの空港のチケットカウンターでかなり念入りに質問されました。
「最終到着地はどこ?」「ニューヨークです」
「何日居るの?」「2週間です」
「どこに泊まるの?」スマホ画面を見せます。
ESTAを見せて(アメリカ入国許可書。事前にWEBで取得)」こちらもスマホ画面を見せます。
「帰りの飛行機チケットは?」またまたスマホ画面。
「航空会社はどこ?」「Korean airline」
以前イスラム圏内の入国時の時のように怪しまれ質問をされている時とは異なり威圧感は無く、一様に観光客一人一人を調べているという様子でしたのでそれほど緊張感はありません。しかし、ここでこれだけ入念に質問されるという事は、アメリカ入国時にはどれだけ厳しい質問を受けるかと思い緊張しましたが、フロリダの空港では、
「どれぐらい居るの?」「2週間です」
「帰りはどこから帰るの?」「ロサンゼルスです」
これぐらいでした。実にあっさりです。
 
ニューアーク空港に到着後、simショップを探しましたが見当たらずうろうろしていると空港の出口付近にsimの自動販売機がありました。60ドルで1Gbyte、80ドルで3Gbyte、100ドルで無制限。どう考えても高すぎます。ここで買うのは諦め、まずは宿に向かおうとしますが交通手段が分かりません。インフォメーションカウンターにバスか電車で宿に行きたいと伝えると、電車で13ドル、タクシーサービスだと21ドルだと言われます。これぐらいならタクシーを使った方が楽かなと思い、配車をお願いしました。到着したのは乗り合いタクシーで、一台のタクシーに10人ほどが乗り込みます。行先は全員マンハッタン島のようです。時間が丁度ラッシュ時間と重なり、マンハッタン島は渋滞しており、空港から島には20分程度で着いたのですが、そこから全員の目的地にたどり着くのに1時間ほどかかりました。私は一番最後に降ろされました。ドライバーにチップは無いの?」と言われ3ドル払います。チップの習慣に慣れていないのでよく支払い忘れます。
 
今回泊った宿はJazz on Columbus Circleというところ。マンハッタン島のど真ん中、セントラルパークも近く、タイムズスクエアも徒歩で15分ほどというかなりの好立地です。タクシーを降り宿を探しますが、いつものように都会のドミトリー宿を探すのは苦労しました。宿の周辺を一周したのち、近くにあった日本食のお店に入ろうとしている人を捕まえ場所を聞きます。小さなお店の入り口と思って何度も通り過ぎていた扉が、実はお店と宿との共有の扉だったのです。部屋に入ると、日本人の若者が二人おり、話を聞くと大学の卒業後にここに旅行に来ているとの事。一人はアメリカ国内、もう一人はアフリカ、南米を周ってきたそうです。そして台湾から来たという若者も同じく卒業旅行とのこと。どうやら大学卒業前に大きな海外旅行に出かけるというのは世界共通のようです。
 
ニューヨークと聞いてまず最初に思いついたのは自由の女神、という事でリバティ島に行ってきました。ホテルに貼ってあった地図を見て列車の路線図を確認。リバティ島の最南端にあるSouth Ferryという駅名を見て、リバティ島に向かうフェリーがあるのはきっとここに違いない、と地下鉄に乗ってSouth Ferry駅に向かいます。地下鉄を降り、地上に出ると目の前にフェリー乗り場の大きな建物があり、中に入ります。しかし建物内を見てもチケット売り場はありません。ひょっとするとリバティ島に行くには必ず予約が必要なのかと不安になってきましたが、建物内に居た警備員の人に話を聞くと、リバティ島へのチケット売り場は建物を出て左手にあると言われました。言われた通りに歩いていくと、海岸沿いに公園があり、遠目に自由の女神像が見えました。これで済ませようかとも思いましたが、せっかくなのでリバティ島に行きたいです。少し歩くとstatueやらislandやら書かれた布が貼られたレンガ作りの建物が見えてきました。これがリバティ島へのフェリー乗り場のようです。当日券は18.5ドル。後でネットで調べたところでは、女神像の台座や、内部に入ることが出来るチケットもあり、こちらは予約が必要との事。チケットを購入し行列に並びましたが、この列が非常に長く全然進まない。この原因はフェリー乗り場前にあるセキュリティチェックにあるようです。乗客一人一人に空港並みのボディチェックを行っている為、時間が掛かっているのです。
 

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行列に並ぶ間、海沿いの為に風を遮るものも無く、寒風吹きすさぶ中2時間待ち続け、ボディチェックも終わりようやくフェリーに乗ることが出来ました。フェリーに乗り込むと船は15分程度でリバティ島に到着しました。目の前におなじみの薄緑色の自由の女神像が見えます。リバティ島はそれほど大きな島ではなく、女神像、そしてレストランや売店があるぐらい。しかしここにさらに自由の女神博物館が出来るようです。島に上陸すると目の前のプレハブ小屋で無料のガイド装置を借りることが出来ます。言語は日本語でお願いしました。
 
自由の女神像の高さは45mほどのようですが、大きな台座の上に立っており、その為さらに大きく見えます。台座の高さ、そして自由の女神像の高さを合わせて93mだそうです。ウルトラクイズでよく見た自由の女神像が目の前にあるのかと思うと感激です。自由の女神像を背にマンハッタン島を振り返ると、マンハッタンの摩天楼、ビル群が見えます。マンハッタンのそれほど大きくも無い島にびっしりと巨大で多くのビルがひしめき合っている様子は圧巻です。
 

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しかしその日のリバティ島はとにかく寒い。海からは強風が吹き、遮るものも無いのでダイレクトに吹き付けるのです。周りの観光客も皆ダウンジャケットを着こみ、毛糸の帽子、コートのフードを立てて寒さを凌いでいます。写真を撮って満足すると皆レストランに駆け込んでいきます。私も島を一周するとレストランに駆け込み、その中でガイド案内を聞きました。島の中の高い食事をするつもりも無く、島を出ることにします。帰りは特に何のチェックも無く、すぐにマンハッタン島に戻ることが出来ました。
 
ドミトリーに日本人の若者が居たことは前記した通りですが、彼らはこの見どころの多いニューヨークのどこに行くべきか頭を悩ませていました。そのひとつとして、ブロードウェイのどのミュージカルを見るかについて話しています。そういえばブロードウェイの名前は聞いたことがありますがニューヨークにあったのですね。彼ら曰く、タイムズスクエア周辺に多くの劇場があり、毎日のようにミュージカルが上映されているとの事。そういう話を聞くと俄然興味が湧いてきます。それまでミュージカル等というものは観たことはありませんでしたが、きっと彼らに出会わなければ見たいと思うことは無かったでしょう。彼らに感謝です。ネットで検索すると、日本人でも分かりやすい(英語が分からなくても分かりやすい)劇の中に、「ライオンキング」「アラジン」等があります。これらなら私も映画で見たことがあるので、多分楽しめるでしょう。普通は予約して見に行くものなのでしょうが、行き当たりばったりの私の事、劇場で直接チケットを買うつもりです。「アラジン」が上映しているNew Amsterdam劇場の場所を調べると、宿からブロードウェイに向かって歩きます。ブロードウェイはタイムズスクエアのすぐ横にあり徒歩15分ほどです。「アラジン」の上映劇場に行くと、チケット売り場に行きます。売り場前に着いたのは昼1時ごろ。チケットカウンターのスケジュールを見ると、その日、土曜日はPM2:00とPM8:00の二回上映している様子。チケットカウンターで今日の2時からのチケットで安い席をお願いと伝えると、運よく空き席があった為チケットを入手する事が出来ました。67.5ドル。良い席はやはり高いらしく、私が入手できたのは1階席の一番右端でした。しかしその席でも十分良く見えたので結果的に問題無し。
 
時間になると劇が始まります。舞台演出も素晴らしく、舞台装置もとても丁寧に作られています。照明と相まって本物のように見えます。アラジンが街中を衛兵から逃げ回るシーンなどは、舞台装置が目まぐるしく入れ替わるのですが、それらに全く待ち時間が無く一切の無駄がありません。また俳優の衣装も素晴らしい。強烈なライトの元、王様やジャスミン姫の煌びやかな衣装が光り輝きます。俳優の演技やダンスも本当に素晴らしく、とても感動しました。ジーニーのコミカルな性格、悪役のジャファー等も映画そのものでした。私が気に入ったのがジェファーと一緒にいた小男、腰ぎんちゃくキャラ、立ち位置はジャイアンに対するスネ夫彼は映画に居たかは良く覚えていないのですが、甲高い声で話す彼はとても良いキャラを演じていました。初めてみるミュージカルのエネルギーに圧倒され、上映後もしばらく気分が高揚していました。
 

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他はブルックリン橋に行ってみました。この橋はマンハッタンとブルックリン地区をつなぐイースト川にかかる橋で、19世紀に建造された歴史ある吊り橋です。地下鉄でBrookly Bridge駅へ向かいます。この駅はマンハッタン島を抜け、ブルックリン地区にあります。駅を出て地上に出ると、すぐ横に公園があり、ここを歩いていくとほどなくブルックリン橋が見えてきました。ブルックリン橋歩道の看板を見つけ、程なく橋の上に到着。この橋は橋の中央に歩行者用の歩道があり、その両側の少し低い位置を自動車が走ります。
 

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歩道には多くの人々が歩いており、観光客のほか犬を散歩中の地元民もこの橋を渡っています。観光客は一様に皆はしゃいでいます。確かにこの橋の眺めと、橋から望むマンハッタンの摩天楼は素晴らしい眺めでした。すぐ横に見えるのはニューヨーク橋のよう。この橋から見ても建設中の高層ビルがいくつか見えます。これからさらにマンハッタン島は発展していくのでしょう。
 

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セントラルパークに行ってみました。この場所はマンハッタンのど真ん中にある大きな公園で、動物園や博物館などもある巨大な公園です。この場所は「スチュアートリトル」という映画で見たことがあるのですが、映画では大きな森のような描かれ方をしていました。まあ鼠の主人公視点だからそう見えるのかもしれません。公園に入り、歩道を歩くと野生のリスを発見。こういう光景はテレビでは見たことがありましたが本当にこういう場所があるのですね。
 

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セントラルパーク内にある博物館のひとつがメトロポリタン博物館です。建物の外観は神殿のようです。入場料25ドルを払い入館します。まずは腹ごしらえをしたいと思い、いきなり博物館内の食堂を目指します。実は丁度この時昼食時間で、本当は入館前に何か食べてから入りたかったのですが、調べても近くにレストランの類が無く、あるのは屋台ばかり。ちなににこの屋台ですが、マンハッタンの至る所で見かけます。博物館前の屋台で適当に注文したのが細長いパンを曲げて三つの輪がくっついたような形のパン(名前失念)。本当は揚げドーナツの類を想像していたのですが違いました。食べてみると大粒の塩がパンにくっついており、非常にしょっぱい。パンもそれほど美味しくない。大失敗です。塩がついていない箇所だけ食べて残りは捨てました。博物館内の食堂だから高いだろうなと思っていたら案の定高い。パスタ等の類で一皿10ドル以上、飲み物とか付けたら20ドルを超えそう。私はケチってピーナツバターサンドイッチと飲み物だけ買いましたが、これだけでも12ドルぐらい。レジに行くとサンドイッチはセットメニューだったらしく、小さなパックのドリンクと、リンゴやバナナひとつ選んでよいとの事。バナナを選びます。食事をしながら改めて博物館の地図(日本語版)を見ると、この博物館には世界中すべての地域の美術品が置かれているようです。世界中の品が置かれている博物館を見るのは初めてです。食事を終えるとさっそく博物館を歩き回ります。展示エリアですがヨーロッパ、ギリシャ、エジプト、近代美術、アフリカ、アジア、日本もありました。日本のエリアでは刀や鎧兜が展示されています。展示物は多岐にわたり、美術品、ジュエリーなどの装飾品、家具、食器や壺、そしてヨーロッパやアメリカの室内の装飾まであります。アフリカエリアには土偶のような人形、カヌー、トーテムポール、祭りに使われる鰐の頭のような被り物。私が博物館地図を見て気になっていたのは、中東エリアの展示エリアもあった事。イスラム教では偶像崇拝が禁止されている事はご存知の通り。何せ子供の教科書の動物の絵ですら顔を隠されたりするお国柄です。その為モスク等の神殿宮殿の類には植物などを表す独特の模様が描かれています。何が展示されているか興味があります。行ってみるとびっくり。何と人物が彫られた石壁がありました。これがあった地域を見るとイラク(イランだったかも)。これはどういった経緯で作られたものなのでしょうか。解説を読めない私には分かりません。博物館を全て見て回りたかったのですが、このメトロポリタン博物館は非常に広い。じっくり見て回ると時間が全然足りません。4時間ほど歩き回りましたが全てを見るのは諦めました。
 

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ニューヨークは他にもエンパイアステートビルなど多くの見どころがありますが、全てを見るのは時間とお金が足りませんでした。
 
今回はこの辺で。ではでは~

2018年 世界一周旅行 in ペルー その1 クスコ

ご覧頂きありがとうございます、ヒロです。
 
南米、ペルーはクスコにやって来ました。クスコはぐるりと周りを山に囲まれた高地にある町です。私が宿泊した地域のアルマス広場周辺は石段、装飾の凝った建物、広場、そして噴水という、ヨーロッパらしい雰囲気を醸し出しています。周辺には数多くのレストラン、そして多くのツアーのお店が見られます。ペルーの民族衣装を着たおばさんが赤ちゃんアルパカを連れている姿を見かけます。
 

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そして大きな野良犬も至るところで見かけます。しかし一様にノンビリした様子で、町の人達に世話をして貰っているようです。
 

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この町は標高が3400mもあり、高山病が辛いところいう話をよく聞きます。飛行機から降りると早速調子を崩したのか、嘔吐する人を見かけました。3月のペルーは日中、少し汗ばむぐらいの気候でした。
 
今回の航路は、フランス、パリのシャルルドゴール空港から、スペイン、マドリード空港を経由、ペルーのリマ空港で乗り換え、クスコ空港というルートになります。マドリードからリマまで12時間、トータル24時間近くと久々の長時間移動になりました。そういう訳で、体調を崩しかけたパリでは無理する事が出来なかったのです。移動自体は特に問題はありませんでした。しいて言うなら、リマ行きの飛行機の後ろの座席で子供が暴れていた事ぐらい。リマ空港に着くと、ザルに入った葉っぱを無料だと言って勧められました。これは何かと尋ねるとコカの葉だとの事。コカは麻薬のコカインの材料で、扱いを禁止する国がほとんどですが、かの国ではコカの葉は嗜好品として国民の間で広く使われており、葉っぱをそのまま口に入れ噛むか、コカ茶として飲むそう。このコカ茶ですが、クスコの宿で頭が痛いと言っていたら、コカ茶を振舞われました。正直あまり美味しくなかったのですが、飲んだら痛みが和らいでいることに気づきました。これがコカ茶の効果のようです。
 
さて空港に着いたものの、シャトルバスらしきものも駅も見当たりません。どうやら移動手段はタクシーを使うしかなさそう。空港内のタクシー案内に聞くと、45ヌエボソル(約1500円)。確かに壁に書かれた料金表ではその額になっています。絶対ぼったくり価格だと思いながらも、タクシーしか方法がなさそうなので50ヌエボソル紙幣を渡すと、お釣り5ソルはチップ分だとのたまいます。「5ソルなんてソーダ一杯分だ、安いもんだろ? 」「三杯分だ!」と言い返します。案内のおっさんは口笛吹きながらすぐ横のタクシー乗り場に居るドライバーに30ソルを手渡していました。つまりたったこれだけでおっさんは20ソル儲けた訳です。しかも、後で宿に相場を聞くと空港宿間のタクシー料金は15ソル程度だったそうです。やはりぼられました。
 
今回宿泊したのは、Qorikillaという宿です。一泊3000円を切るぐらい。もっと安いドミトリーもあったのですが、ヨーロッパの高い宿代で感覚がおかしくなっていた事、そしてこの宿からの眺めはとても良いという情報があったためここに決めました。確かにこの宿の屋上からの眺めは良く、クスコの町並みが一望出来ました。雨上がりの後は町に虹がかかる様子なども伺え、ノンビリ過ごすにはとても良い宿です。しかし眺めが良く町が一望出来るという事は、宿は高台にあるという事であり、宿から少し出歩くだけでもかなりの階段を登り降りしなければなりません。宿内の階段の登り降りですら辛く感じるこの空気の薄い町ではその地形に苦しめられました。宿に帰るだけで息切れしているのです。
 

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到着初日は体調の様子見をするつもりで特にツアー等は入れなかったのですが、これで正解でした。宿に荷物を置いた後、現地通貨のヌエボソルの入手の為ATMを探し、sim入手のキャリア会社の捜索、遅い昼食等の為に町中を歩き回ったのですが、段々と頭が痛くなってきました。これが高山病かと思いながら薬局に飛び込みます。アルマス広場周辺には多数の薬局がありますが、高山病の薬を求めるツーリストが多いのかもしれません。google翻訳で「頭が痛い、高山病の薬を下さい」と翻訳結果をみせると、薬を処方してくれました。10日分、確か1000円ぐらい。
 
いつもは空港でsimを手に入れるのですが、リマ空港内では異常に高い、1週間使い放題で49ドルというものしか無く、結局クスコの町を歩き待ってclaroというキャリアのsimを入手しました。sim代が15ヌエボソル、データ3Gbyteで30ヌエボソル、合計45ヌエボソル(約1500円)でした。
 
マチュピチュツアーについてですが、マチュピチュは1日2000人という人数制限があるらしく、行ったは良いけど入れないのは避けたいところです。そこで宿のフロントで相談すると、ツアー会社の人を呼んでくれました。と言うか、来てもらうと高くて断る事がしにくくなるなぁと考えていたのですが。ツアー会社の人によると、ピックアップからバス、鉄道、マチュピチュ入場料まで全て含んで245ドル。結構高いです。安くできないか交渉し、225ドルにしてもらいます。後日、町をぶらつきマチュピチュ100ドルツアーと書かれた看板を見かけたので、また吹っかけられたのかもしれません。が、後で受け取ったバス、鉄道、入場料のチケットの値段を見ると合計180ドル分ぐらいかかっていたので、割と良心的な価格だったかもしれません。
 
マチュピチュツアーの開始は早く、朝4時にピックアップの車に乗り込みました。私が最後のピックアップだったらしく、私が乗り込むとバンはそのまま出発し、ウルバンバを目指します。バンに揺られてウルバンバに到着したのは6時頃。ここから列車に乗り込みます。マチュピチュに向かう列車は二つあり、一つはペルーレイル、もう一つはインカレイル。私が乗ったのはインカレイルです。別々の列車なので乗り場が異なるのかと思いきや、どちらも同じレールの上を走ります。ペリーレイルの方が若干内装が良さそう。このウルバンバの町に着いた時に、日本人の若者に声を掛けられました。まるこさんという彼とは同じ列車のしかも隣の席だという事が分かり、マチュピチュ村までの電車の中で話をしました。大学の卒業前にアフリカ、南米を回っている途中なのだそうです。電車のサービスでちょっとしたお菓子と紅茶、コーヒーがふるまわれました。
 

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マチュピチュ駅に着いたのが9時頃マチュピチュの入場時間は午前と午後の二つに区切られているのですが、彼は午前中、私は午後だった為にここで彼とは別れました。駅でツアーガイドと合流し、午後の組は時間があるので10時半にとある地点に集合するように言われます。さっそくマチュピチュ村を散策します。普通のレストランの他に、人が出入りしている建物があり中に入ってみました。するとローカルなフードコートのような場所になっていました。レストランだと一品20から30ソルなのが、ここだと5,6ソル。その中をうろつき、ヌードルのような食べ物を他の人が食べているのを見て、自分も同じものを注文しました。ヌードルかと思いきや、魚の切り身が入ったおかゆでした。素朴な味付け、ちょっとしょっぱい。これで6ソル。やはり安い。
 

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10時半に集合場所に行くと他のツアー客も集まりだし、次はバスに乗ります。バスは急な坂を登りつづけます。道幅はそれほど狭くはないのですが、道の横にはガードレールなどは無く見ているとバスが落ちそうで怖くなります。人によってはこのバス代を浮かせるためか、徒歩でこの急な坂を登っている人を見かけます。
 
バスがマチュピチュ入口に着いたのが11時頃。マチュピチュ内にはトイレがないのでこの入口にあるトイレに行っておくように言われます。ここで30分ほど待ちます。標高が上がったのに日差しが強い為なのか暑くなってきました。寒いと思って沢山着込んできたのですが、中に来ていたウルトラライトダウンジャケット等を脱いでリュックにしまいます。そしてリュックにしまい込んでしばらく使っていなかった登山帽を被ります。
 
ツアー客は使う言語によっ、スペイン語グループと英語グループに分かれました。私は英語グループに入りましたが、どちらの言語にしても理解できません。英語グループにはドイツ人の20歳にも満たないと思われる若者、25歳前後の髭を蓄えたブルガリア人、ロシア人の夫婦、そして私という構成です。ガイドの後をついて坂を登っていくと、写真でよく見た光景が眼前に広がりました。山の上に広がるマチュピチュの遺跡です。残念ながら雲が掛かっていて青空が見えませんでしたが、霧が掛かっていなかっただけ良かったとしましょう。
 

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いわゆるマチュピチュと呼ばれる遺跡ですが、マチュピチュ山の山頂から少し下った中腹にありました。私たちが写真で良く見かけるのは遺跡より高台にある段々畑の位置からの眺めです。マチュピチュの後ろに見えるのはワイナピチュ山で、ガイドの解説ではワイナピチュ山は人の横顔に見えるとの事。言われてみると確かに顔のようにみえます。マチュピチュ全景を堪能した後は坂を下り、マチュピチュの中を歩きます。ガイドの言っていることで多少理解できたのは、ここは昔の神殿跡だとか。遺跡の中でリャマらしき動物が草を食んでいます。
 

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私はマチュピチュの建物に屋根が無いのは風化して石が崩れ落ちたためだと思っていたのですが、奥に進んでいくと茅葺屋根の建物がありました。材料は茅では無いと思いますが。建物の壁は石造りなのですが、壁の上の部分に木材の骨組みが組まれ、この上に茅のような植物が積まれ屋根になっています。そうです、日本の昔の民家のようなあの屋根です。あれ?ひょっとしてと思い、ガイドに話を聞くと他の建物も元は全て茅葺屋根だそうです。という事は昔のマチュピチュの光景は白川郷のような眺めだったのかもしれません。
 

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マチュピチュを一周しガイドの案内も終わった後、ブルガリア人はもっと天候が良くなるまで待つと言って、再度入口を登っていきましたが私は十分満喫したので下りのバスに乗り込みました。マチュピチュを降り、マチュピチュ村に戻ったのは2時半ごろ。帰りの電車の時間は6時半。かなり時間が余ってしまいました。マチュピチュ村を散策しましたが、村自他はそれほど大きくなく、駅前に広がるお土産物屋街の他にはレストラン街、そして居住地があるだけで、お土産なども特に興味のない自分としてはあまり見て回る場所はありません。村の中心を流れるウルバンバ川の橋の上から村を眺めていると、日本のどこかの温泉地にいるような気分になり、どこかに湯気が上がっていないか探してしまいます。
 

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歩き疲れたので川沿いにあるレストランでコーヒー一杯で数時間粘ります。さすがにこれだけだと申し訳ないと思い、スパゲッティとレモネードを追加。合計50ソル以上しました。観光地価格です。
 
夕方になりようやく電車の乗車時間になりました。今度の席に同席したのはアメリカ人の女の子二人と、欧米人の若者。この三人はかなり話が盛り上がっており大声で騒いでいます。どうやら彼らはお互いの旅行について話しているらしく、どちらも2,3か月の長期旅行をしている模様。ただ英語を解さない自分としてはただうるさいだけ。とっとと寝たふりをします。途中女の子達にどこから来たの?と尋ねられますが、そっけなく「日本」とだけ答えてまた黙ります。何だかどんどん英語コンプレックスが酷くなっています。
 
列車がウルバンバ村に着いたのが夜9時過ぎ。列車を降りて通りに出ると、名前が書かれた紙を持っている人達が大勢います。どうやらピックアップの待ち人らしく、私もこれらの人混みの中から自分の名前が書かれた紙を持った人を無事に発見。人数が揃ったところで車に乗り込みます。車が発車するのを待っていると、子供二人が車に乗ってきて何かを歌いだしました。歌い終わるとチップを要求。子供たちの前に居た老婦人がチップを渡していました。この頃になると雨が本格的に降り出し強い雨の中を車は走ります。
 
クスコに着いたのは23時頃。帰りはホテル前に送ってくれることは無くアルマス広場で全員降ろされました。私の宿は坂の上にあり少し離れているのでこれは少し辛い。宿に着くころには結構濡れていましたが、そんな事を気にすることも無く服を脱いでベッドに潜り込んだら朝までぐっすり眠りこけました。
 
クスコでもう一つある観光地、レインボーマウンテンにも行ってきました。現地ツアーの看板ではレインボーマウンテンやらカラフルマウンテンという名前で書かれています。この山はここ最近有名になってきたらしく、まだあまり広くは知られていないようです。またまたホテルのカウンターでレインボーマウンテンに行きたいと伝えると、電話で予約をしてくれました。100ソルを100ドルと聞き間違え焦りましたが、最終的には85ソルに値切りました。マチュピチュツアーより一桁安いといった感じでかなりお得です。しかしこのツアーがこれほど過酷だとは思いませんでした。
 
今回の出発時間も4時頃、ピックアップの車がやってきました。私以外の客も拾っていき、クスコを出たのが5時頃、ここからバスは南下しピトゥマルカ村にあるレストランに着きました。この時朝の7時ごろ。朝食はビュッフェスタイルでそれなりに美味しかったのですが、登山途中でお腹具合が心配だったので腹八分目ならぬ六分目ぐらいで押さえておきました。が、こんなにへとへとになるならもう少し食べておけば良かったと後で後悔しました。
 
朝食後、車は再度山道を走りだしました。ここからの道はかなり荒れており、しかも勾配、カーブがきつい道でした。ダート状のいろは坂といった道を車は走り続けます。この時点で肉体的につらい状況です。しかもこの道もガードレールはありません。落ちそうで見ているだけで怖くなります。
 
一緒に同行してくれるガイドの話によると、登山スタート地点の標高が既に4000m、そこから歩き続け、頂上まで到達するとそこは標高5100m、ここを2時間かけて登るとの事。この話を聞いた時点で嫌な予感しかしません。しかしペースの早い人だと40分程度で登ってしまうそうです。
 
一時間以上掛けてようやく車は登山口に到着しました。そしてガイドから緑地に黄色のラインの入ったベストを渡されました。胸元にECO Groupの文字が縫いつけられています。私たちのグループ名はECO Groupのようです。周りのツアー客も同様のベストを着ていました。いよいよ登山開始です。入口付近には可愛らしいカラフルな衣装を着た多くの地元民がおり、馬を連れています。どうやらお金を払えば馬に乗せてくれるようです。実は私たちのツアー客の中にはお年寄りと小さな子供を连れた家族がおり、どうするつもりなのかと思っていたのですが、スタート地点から馬に乗って先に行ってしまいました。見ると意外と多くの人が馬に乗っています。
 

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登山口から一キロほど歩くと、チケットを確認する場所があります。その手前で自チームのガイドとグループメンバーが一旦集結、ガイドからチケットを受け取って、再度出発します。ペースが早い人達と乗馬組はズンズン進んでしまい、私と距離を離していきました。そこからの道はほぼ登り坂、平坦な道もぬかるんでいたり歩きにくい。しかし馬と馬を連れた地元民は坂道をかなりのペースで登って行きます。空気が薄い中、急な登り坂は辛すぎます。そこで事前にスーパーマーケットで購入しておいたコカ入りのキャンディを舐めながらひたすら歩きました。進むにつれだんだんと景色が変わってきました。周りの山や地面の色が赤や紫、水色とカラフルになってきます。
 

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頂上がようやく見えてきました。最後の坂道は急な登り坂。坂の手前で馬に乗って先に行っていた家族連れが座り込んでおり、子供の背中をさすっていました。子供が高山病でダウンしてしまったようです。手持ちのコカキャンディを家族連れにあげ、私は最後の坂を登ります。そしてようやく頂上付近に到着。写真でよく見たカラフルな山肌が見えました。
 

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時間は登り始めてから丁度2時間経過。時間を目一杯使ってしまいました。実は坂を登ってもまだ先があり、頂上まではまだ少し登る必要があります。元気のある人たちはそこから更に山の頂上を目指して登っていましたが、私はそこまでの元気は無く、少し登ったところで断念。しばらく周りの景色を眺めてから、今度は下山します。帰りは下り坂だけとはいえ、すべての体力を使い果たした私はよろよろと道を歩いていきました。若い元気な人達に次々と追い抜かれて行きます。そのうち目の前が何だか真っ青になってきました。目までおかしくなってくるとはかなりやばい状態です。登山口に戻ったのは一時間半後。ヨタヨタと車のところまで戻り、座席に座るともう動けません。しばらくすると他の人たちも戻ってきて車は出発。また荒れた道を右に左に走ります。朝食を食べたレストランに戻り、遅い昼食を取ります。疲れすぎてあまり食欲はありませんでしたが、コカティーを飲みながら何とか食事をとります。そして再度車に乗り込み、2時間後にクスコに戻ってきました。アルマス広場で解散、ヨタヨタと坂を登って宿に着くとそれ以上体が動きませんでした。
 
今回はこの辺で。ではでは~。
 

2018年 世界一周旅行 in フランス その1 パリ

ご覧頂きありがとうございます、ヒロです。
 
花の都パリにやってまいりました。街の様子はやはりヨーロッパ調で、華麗な装飾が施された建物が立ち並びます。街中にブロンド美女が溢れています。人々もお洒落に見えます。まあこの街で一番お洒落に気を遣っているのは、日本人、中国人、韓国人観光客のようです。そういえばパリに入ってからは日本人も随分と見かけるようになりました。
 

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今回の航路はスペイン、バルセロナバルセロナエルプラット空港から、フランス、パリのオルリー空港までです。
 
今回の移動はなかなかのトラブルに合いました。飛行機に乗り遅れ、荷物と離ればなれになったのです。といっても今回は自分が悪いのですが。出発時間は若干早めではありましたがバルセロナの空港には問題なく到着、vuelingのチェックインカウンターで荷物を預けました。ボディチェックを済ませ、まだ時間があったので朝食をとってから、搭乗口に向かいました。すると何やら人だかりが出来ていました。何かトラブルでしょうか。まあ飛行機が遅れるなんて良くあることです。大人しく後ろで待つ事にします。しかしこの行列何故かなかなか進みません。しびれを切らして人混みをかき分けカウンターに行き搭乗券を見せました。ところが!
「搭乗時間は過ぎたわよ」とカウンターのおば、いやお姉さんは言います。
何ですと!
「搭乗時間前に来なきゃ駄目じゃない」
「いや、この行列の後ろに並んでたんだよ!」
文句を言いましたが、飛行機に乗せてくれる様子はありません。しかしこの謎の行列の人達はいったい何を待っていたのでしょうか。
 
粘って喰いつけばなんとかしてくれないかとも考えましたが、そこは諦めの早い自分。次の方法を考える事にします。
「…分かった。飛行機には私の荷物が乗ってる。どうすれば良い?」
「6番の荷物コンベアから出てくるから待ってて」
内心、本当かよと思いつつ、コンベア前で待ちます。本当はこの時点で次の航空券を抑えたかったのですが、荷物がどこにあるのか分からないのでは予定を立てることが出来ません。
 
1時間経過…荷物は出て来ません。
荷物カウンターのお姉さんに事情を話し調べてもらいます。
「荷物はまだね。出てくるまで待ってて」
「いつまで待てば良いの?」
「さあ?」
2時間経過…荷物は出て来ません。
再度カウンターに調べてもらいました。
「荷物はオルリー空港に行ったわ」
やっぱり。
「荷物券を、オルリー空港のカウンターで渡してね」
礼を言い、一旦出口から出て、航空会社のチケットカウンターに行きます。今日中にオルリー空港に着かなければ、何かと面倒です。航空会社のチケットブースに向かいましたが、因縁のvuelingのカウンターしか開いていません。空港で直接チケットを買おうとする人は稀なのでしょう。カウンターで今日の便をお願いしました。しかし…
「今日の便は満席だね。明日の朝だったら取れるけど」
「いや、今日行きたいんだ」
「他の航空会社なら乗れるかもね。他を調べたらどうだい?」
そう言われても他は皆閉まっています。
 
諦めきれず、スマホで今日の便を調べました。するとvuelingの夕方5時過ぎの便がまだ予約出来そうです。窓口では満席と言ってたのに。いずれにせよ、サイトの気が変わる前に急いで予約、何とか購入に漕ぎ着けました。
 
そしてパリ、オルリー空港夜の9時近くに到着。無事荷物との再会を果たしました。それだけでも御の字です。空港での荷物の取り扱いのずさんさは身にしみてます。ある空港などでは、荷物を満載に載せたコンテナを引いた車が目の前を通りました。こんな適当な積み方で良く落ちないなと思って見ていたら、荷物がグラグラ揺れ出し、スーツケースが落っこちてしまったのです。そのコンテナ運転手は気づく事なく行ってしまいました。あの荷物は無事持ち主の元に届いたのでしょうか?
 
今回は空港に着いたらすぐにネットに繋がっていました。前回出会ったユキ君情報によると、ヨーロッパではデータローミングをオンにすれば、どこでも繋がると情報を得ていました。後で自分でも調べて見ましたが、ヨーロッパのどの国の通信会社でもデータローミングで接続出来るようになったのはつい最近、2016年からのようです。
 
googleマップで宿までのルート検索をするとバス、電車を乗り継いでなかなか面倒そうです。チケットの買い方もバス乗り場も分かりません。そこで最近の私の常套手段、近くの人を捕まえて聞きまくります。大抵の場合、快く教えてくれます。今回もバスチケットの買い方を教えてくれたおじさんが、バスに乗っている間も気をかけてくれ、バスの降りる場所を教えてくれました。
 
今回の宿はle montclair montmartreです。街の中心街からは離れています。ドミトリーですが一泊3000円近くしました。ヨーロッパに入ってからはどこも高めです。ドミトリー部屋には机と椅子があり、ある時私は机に向かってパソコンでブログを書いていたところ、部屋に中国人三人が入ってきました。そのうちの一人、40代後半くらいのおじさんが私の顔を見ると
「日本人?」と日本語で尋ねてきたので
「yes」と答えます。後の会話は英語でしたが。
彼はかなり社交的でニコニコと笑いながら旅行の話をしてくれました。彼は去年の暮れに大阪を訪れ、次回は東京に行くとか。今回の旅行ではドイツ、フランス、スペインなどを回ると言います。私も自分の旅をする事を考えましたが、前回の中国人の一件で中国人アレルギーになっており話せません。そのうち、白人の女の子、黒人の青年が入ってきて、中国人と三人で何やら話し始めました。聞き耳を立てると、女の子はニュージーランド、黒人はアメリカから来た様子。私が聞き取れたのは残念ながらそこまででした。
 
今回の観光地ですが、まずはルーブル美術館に向かいます。駅で回数券を買い、地下で移動。電車のアナウンスで日本語が流れ驚きますが、内容が「お手持ちの荷物の管理にご注意ください」でした。よほどスリに遭う日本人が多いのでしょう。駅から出て、美術館に向かう途中の地下通路でなんと日本人の子供達の絵が飾られていました。第一生命主催のイベントのようです。ルーブルの近くで展示するなんてなかなか粋な事をします。
 

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さて、子供達の絵の横を通り過ぎ、階段を登るとガラスのピラミッドが見えてきました。中央に大きなピラミッド、左右に小さいピラミッドがあります。そしてピラミッドを取り囲むように、壮大な建物が右翼側、左翼側に広がっています。中央のピラミッドが美術館入り口になっています。
 

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ルーブル美術館の展示ブースは、ルネッサンス時代の絵画、豪華な装飾品、ローマ時代の彫刻、イスラム文化圏の絨毯、家具、ヨーロッパの家具、ナポレオンが持ち帰ったエジプトの品々など多彩な作品が展示されています。展示品も素晴らしいものですが、美術館内部の装飾、壁画、天井画も見事な作品です。そしてとにかく広い。全て見て回ったら3,4時間はかかりそう。モナリザの場所は良く聞かれるためか、入り口付近から案内板があります。作品はルネッサンスブースの広間、中央の壁に設置されていました。噂通り小さい。そしてガラス越しなのでくすんで見えます。人だかりの中、何とか写真を撮りました。
 

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次はエッフェル塔。見た目のインパクトはなかなかです。色はともかく東京タワーと同じような形に見えますが、よく見ると所々に装飾が施されていました。上に上がるエレベーターは四つの足のうちの二か所にあり、斜めの柱に沿ってエレベータも斜めに登り、そこから別のエレベーターに乗り換え上部展望台に登ります。登ってみた感想としては、上から見たパリの眺めはそれほどでもないかな、と。エッフェル塔は外から眺めるだけで良いかもしれません。
 

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エトワール凱旋門です。これは想像以上の大きさでした。大きな交差点の中心にあり、凱旋門から放射状に8方向に道路が広がっています。門を近くで見られないかと歩きまわり、地下道に入り口を発見。しかし有料。解説を見ると、門には内部にも色々な装飾が施されており、また上に上がる事が出来るようです。しかし外観だけでお腹一杯。満足です。
 

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そういえば街を歩いていると、パリ日本文化会館と書かれた建物がありました。気になって中を覗いてみると、生け花や人形作家の作品が展示されていました。随分と熱心にフランスに日本文化を広めようとしているようです。
 

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オペラガルニエです。オペラ座の怪人の舞台です。中を見学できないかと思いましたが、何やら使用中で入れません。建物の周りをぐるりと歩いていると、カメラを構えた人たちが妙に多い事に気付きました。建物の出入り口にカメラを構えている様子を見ると、どうやら有名人が中に居て、出てくるのを待ち構えている人達のようです。しばらくすると歓声が上がり、有名人らしき人が出来てきました。自分も混じって写真を撮ってみました、がその人が誰だか全然分かりません。
 

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ノートルダム大聖堂です。双頭の塔が特徴的です。内部には絵画や彫刻はそれほどありませんでしたが、その代わりに数多くのステンドグラスが設置されており、それらがまた美しい。
 

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パリ市内観光はこれぐらい。次はモンサンミッシェルに行ってみることにしました。ホテルのスタッフにモンサンミッシェル行きのバス会社が無いか尋ねるとFlIXBUSという会社を教えてくれました。パリとモンサンミッシェルを結ぶ直通バスで、パリの集合時間は朝7時ごろ、片道5時間かけて現地到着、17時頃にまたバスに乗り22時ごろ戻ってくるというルートでした。現地での活動時間は4時間ほどになりそう。
事前にネットで調べたところでは、モンサンミッシェルへは電車一本で行けず、途中でバスに乗り換える必要があるとか。しかし電車を使ったルートなら移動時間短くお勧め等と書かれていましたが、経験上、言葉やルールの分からない国で電車、バスの乗り換えは結構厳しく、意外と時間が取られてしまいます。その為、私は乗り換えの必要がない直通バスで移動することにしました。バスの方が値段が安いのもあります。
 
当日の早朝、真っ暗なドミトリー部屋でなるべく物音を立てないように着替え、ロビーで簡単な朝食を取った後、宿を出発します。宿からバス乗り場までは40分ほど。知らない駅構内を歩き回ったせいで実際には50分ほどかかりました。バスの集合時間10分ほど前になるとかなりの人が集まってきます。その中に5,6人は日本人でした。
 
バス時間通りにバス停に到着。乗客確認を済ませると一路モンサンミッシェルに向かい走ります。途中パーキング休憩や途中下車の人を下ろしたりしながら走り続けます。そして開けた農村風景の中にモンサンミッシェルの姿が見えてきました。とても美しい風景で、絵画を見ているような気分になります。バスはモンサンミッシェルの近くには止まらず、観光客用駐車場で止まりました。駐車場からモンサンミッシェルは3kmほど離れています。しかし不思議なのはモンサンミッシェルの近くにはほとんど建物が無い事。きっと世界遺産になる前から特別保護区になっていて、建物を建てないのでしょう。日本ならこんないい眺めの場所をほうっておくはずがなく、商業施設やマンションが立ち並び、江の島のような光景になっているだろうなぁと感じました。
 

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さて、バス停からモンサンミッシェルへはシャトルバスが走っており、これに乗って近くに移動します。先ほど書いた通り商業施設などの建物はほとんどなく、モンサンミッシェルまでの綺麗な一本道の両側には屋台は一つもみあたりません。近づくにつれ周りの様子も見えてきます。島の周りは干潟に覆われています。まさに海の上に浮かぶ孤島です。
 

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入口の門をくぐると、レストランやお土産屋さんが並んでいます。この様子が何かに似ていると思ったらモロッコで見たアイトベンハドゥでした。あそこも丘の上に小さな町があり、頂上付近に城跡がありました。入口に入るとすぐ、卵料理で有名なお店があります。このお店はNHKモンサンミッシェル特集で見たことがあります。ラメールプラール(LA MERE POULAND)というお店です。卵をたくさん使ったオムレツが美味しそう。是非食べてみたかったのですが、メニューを見ると27ユーロから。貧乏旅行をしている自分には無理な値段です。しかたなく正面にあるカフェでサンドイッチのドリンクセットを注文しました。サンドイッチを食べていると足元に猫二匹が寄ってきました。おこぼれを狙っているようで、にゃーにゃーと泣き続けます。サンドイッチに入っていた鳥のささ身をあげようと手を伸ばすと、奴は私の手を引っ掻き、慌てて手を引っ込めた私の手から落ちたささみを奪って逃げていきました。なんちゅー奴だ。昼食を済ませ、町の上り坂を登っていくと、頂上に建設された聖堂が見えてきました。入場料は10ユーロでしたが、この日は日曜日だったため無料で入ることが出来ました。しかし日曜日なのにそれほど観光客が居ないのはどういう事でしょうか。頂上付近にある広場に行くと、聖堂尖塔にあるミカエル像も近くに見ることが出来ます。
 

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聖堂内はとてもひんやりしています。聖堂という割には装飾は少なくお城の中にいるようです。実際に昔は要塞都市としても使われていたようです。城内を登り下りを繰り返し進みます。小さな庭もありました。
 

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ざっと一通り回る事約1時間半。途中雨が降り少しの間雨宿り。お土産屋にはあまり興味がないので観光客用駐車場に戻ることにしました。一旦シャトルバスに乗るものの、綺麗な道を通り過ぎるのが勿体なく感じ途中下車して歩くことにしました。近くに橋が見え、その橋の上に行くと、なんとモンサンミッシェルに虹がかかっている様子がうかがえました。それは5分間ほどの出来事でしたが、虹に気付いたのは私だけでなく、橋の上に居たベビーカーを押した夫婦と一緒にこの光景を眺めていました。
 

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そして駐車場に着いたのは4時ごろ。スマホでブログの文章を書いて帰路のバスが来るまでの時間を潰しました。モンサンミッシェル観光ですが私のような熱心で無い観光客であれば、半日ツアーでも十分楽しめました。
 
後日、パリ市内の他の観光地を回ろうとしたところなんだか体調が悪い事に気付きました。体がだるく、若干吐き気がします。疲れのせいか風邪を引き始めたか。なんにせよその日は大人しくした方が良いと思い、スーパーマーケットでサンドイッチとヨーグルトを買って宿に戻り、一日寝込んでいました。旅行が長くなると観光より健康の方が重要になります。若くないので無理も効かないし、治りが遅くなります。こうして休んだ後は、ペルーに飛ぶ事になります。
 
今回はこの辺で。ではでは。
 

2018年 世界一周旅行 in スペイン その2 バルセロナ

ご覧頂きありがとうございます。ヒロです。
 
再びスペインに戻ってきました。次はバルセロナです。この町はポルトガルより道路も広く自動車の数や街並みから都会であることを伺えます。街並みは石畳と綺麗な広場と石像と噴水と、という感じでいつものヨーロッパの町です。
 

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今回のヨーロッパ旅行で一番天候が悪かったのがこのバルセロナです。到着早々、何か白いものが舞っているといると思ったら雪でした。この雪交じりの雨、霙は私が滞在する間しばらくこのような天候が続き、私のモチベーションを下げてくれました。外は出ると凍える寒さで外出するのが億劫になります。
 
今回の宿への移動に関しては特にトラブルも無く。まずリスボンのポルテラ空港には地下鉄で移動します。リスボンに滞在中は何度も地下鉄を利用していた為、特に迷うこともありませんでした。空港から飛行機に乗って約2時間。バルセロナ空港に到着後は、市内に向かうシャトルバスがあったのでこれに乗って移動しました。カタルーニャ広場でバスを降りそこから徒歩で宿に向かいました。広場に着いたのが丁度お昼時で、宿に向かう前にマクドナルドで昼食を取ります。ヨーロッパに入ってからは物価が高く、マックには頼りきりです。といってもハンバーガーセットを頼んでも1000円近くするので決して安くはありません。タッチパネル式の機械でオーダーを済ませ、カウンターに向かうと、栗色の天然パーマの青年が色々と世話を焼いてくれました。勝手がよく分かっていないアジア人だと思われたのでしょう、カウンターのこの位置で待つんだ、とか客席はこっちにもあるとか言って、私の重たい鞄まで持ってくれました。このパターンはどこかの国で体験した事があります。慌てて、ありがとう。でも鞄思いから大丈夫。と伝えますが、彼は私は力持ちだから心配ない、と言い鞄を持って階段を上がってくれました。そして私が席に座るとにっこり笑って去っていきました。彼のその姿を見て、彼を疑ってしまった自分の心が随分汚れてしまったような気分になってしまいます。私はこの旅行で随分と擦れてしまったようです。
 
さて今回泊まったのは、Party hostel kabulという宿です。レイアール広場をぐるりと取り囲んだ建物の一角にありました。いつものことながら入口が分からず周辺をウロウロしてしまいました。前回知り合ったユキくん情報によると、Party hostelというのは宿のスタイルの事で、宿泊客皆でどんちゃん騒ぎして、皆で夜の街に繰り出すというスタイルなのだそうです。確かに宿の受付周辺はバーカウンターやらビリヤード台などがあり、洋画に出てくるバーのようです。この宿が凄いところは無料で朝食と夕食が付いてくること。ビールやサングリア(果物などが入ったワイン)が2ユーロ、時間帯によっては一杯無料だったり、かなりサービスが充実しています。宿周辺で普通に飲むと5ユーロぐらいします。酔っ払いが多いので、宿泊客次第ではドミトリーの部屋が騒がしかったり、中には歌を歌いだす連中もいたところが難点でしょうか。
 

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私は夕食後、2ユーロのサングリアを飲みながら欧米人のどんちゃん騒ぎを眺めていたところ、スペイン人のイケメンの若者に声を掛けられビリヤードを一緒にすることになりました。チームはビリヤードくんと私、相手は彼のガールフレンドと女友達。ルールが良く分かりませんでしたが、彼らの身振り手振りで何とかゲームをこなします。腕前はビリヤードくんが一番上で、他三人はほぼ拮抗しているといったところ。一ゲーム目はビリヤードくんの活躍でこちらのチームが勝利。もう一ゲームやりたそうでしたが、人見知りの私はアルコールが入っていても、こういう場は厳しい。お礼を言ってバーを離れました。外国でも人見知りの性格は治せませんね。相手が日本人、かつ一人でいるところなら何とか初対面で話しかけられるかな、といったところです。
 
今回向かった観光地はこちら。まずはサグラダファミリア。建築家ガウディの設計した大聖堂で未だ建築途中だという事で有名です。入場料はその場で購入すると19ユーロ、オンラインで予約すると15ユーロでした。外見も独創的ですが。内部の外壁は意外とシンプルに見えます。しかし外壁部に色とりどりに彩飾されたステンドガラスから光が差し、白い大理石がその光を浴びて輝いていました。巨大な柱は樹木を模っており、上方を見上げると枝分かれしています。主祭壇にはキリスト像が飾られており、それは周辺の柱からワイヤーで固定されていました。三十分毎にパイプオルガンの演奏(但し録音)が堂内に響き渡ります。
 

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グエル公園にも行ってみました。この公園もガウディ設計です。市内からは少し離れています。ここには地下鉄で移動したのですが、最寄りの駅から1km程。距離はまだ良いのですが、公園は高台にあり、道中全て急な上り坂。ルートを失敗しました。地元民も不便に感じているのでしょう、エスカレーターが設置されていましたが、半分近くが故障。
 

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そして雪混じりの雨で、寒さにガタガタ震えながら何とか公園に到着。しかしまたしても有料。寒い中野外をウロつく気力も無くなり遠目から写真を撮るにとどまり、とっととバスで市街に戻りました。
 

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ピカソ博物館に行きました。やはり寒い日は暖かい家内観光に限ります。ピカソは例の独創的な絵画で有名ですが、初期の頃は普通の絵を描いていたようです。初期の作品は小さく、キャンバス地だけでなく、木の板に直接描かれているものもあります。スケッチなどは日本の漫画のようなタッチでユーモラスです。中期になると大型の作品も多く描かれ、終期には例のデッサンが狂ったような絵が多く描かれます。正面と横からみた顔を一つの絵にしてしまったかの様な絵を見ていると落ち着かない気分になります。昔読んだ小説に「理解する能力が無ければピカソも只の落書きだ」という一節がありましたが、私にはやはり理解する能力はありませんでした。
 
宿に帰るとき、宿のすぐ横にフラメンコのステージが行われていることに気付きました。渡りに船というところで、ステージ開店時間にさっそくお店に行ってみます。妙齢の女性と細身の男性のダンス、激しく打ちつけられる踵と華麗に舞うダンスに息を呑みました。写真を撮りましたが見直すとブレブレだった事が残念。
 

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次の日は晴れており、日が高くなるにつれ気温が上がってきました。厚着でいると汗をかくぐらい。この日向かったのはサンタマリアダルマル教会です。この教会は大きく重厚で質実剛健な建築です。建物内外にはそれほど装飾がなく、巨大な柱の継ぎ目、表面もあまり手が入れられておらず、無骨な印象を与えます。
 

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サンタエウラリア大聖堂です。この聖堂は内外に多数の装飾があります。スペインの他の教会でも見られた、繊細で精密な装飾が施された祭壇がありました。
 

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サンタエウアリア大聖堂を出ると、正面の広場に骨董市が開かれようとしていました。装飾品、古本、人形、タイプライターなど。見て回るだけでも楽しめました。深夜特急のエピソードの真似して何か良い物がないか物色したところ、懐中時計を見つけました。両面ガラスで内部の歯車が見えていてなかなかカッコいい。しかし年代物ではなさそう。お店のおじいちゃんに値段を聞くと60ユーロ。しばらく考えた後、やっぱ良いやと去ろうとすると、いくらなら買うと尋ねられ、30ユーロと言ったところ、そんなに安くできない、50ならどうだ?と尋ねられました。この調子なら40か45で買えそうでしたが、考えておくと言いお店を離れました。また時間があったら戻って買っても良いかなと思いましたが、そのまま忘れてしまいました。おじいちゃんごめん。
 

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サバトリョ。ガウディ設計の建物です。入場料がえらく高い!25ユーロ。興味はありましたが高すぎるので断念。建物の前にはスケッチブックを抱えて絵を描く若者たちが。学生でしょうか。
 

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バルセロナに来た時にバスから見かけ気になっていたArenasという場所。円形状のコロシアムのような建物で、調べてみるとショッピングモール。中は日本のデパートぐらいの広さでした。屋上に登ると、ぐるりと周りを一周することができ、レストランもありましたがどこも高い。周りの景色を眺めると高台に何やらお城のような宮殿のようなものが見え、行ってみる事にします。
 

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二つの大きな柱の脇を抜け、階段を登り、噴水の横を通り、エスカレーターで丘を上がると正面に巨大で美麗な建物が。建物正面はちょっとした広場になっており、多くの人達が石のベンチに腰掛けくつろいでいます。小さなカフェもあります。後ろを振り返るとバルセロナの市街地が一望できました。
 

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建物の説明を見るとその建物は国際美術館らしく、せっかくここまで登って来たので見学する事にしました。もちろん有料。12ユーロです。中はいくつかのブースに分かれ、ロマネスク、ゴシック、現代美術などのブースがあります。まずロマネスクブースを見てみます。モルタルの円形ドームの内側にモザイクの壁画が貼られています。部分的にしか無い事から、元はどこかの寺院にあったものでしょうか。題材はキリスト教。今まで私が見た絵画は印影があり、立体的なものが多い印象ですが、これらは逆に平面的、線もとても太く描かれています。キリストや12人の弟子、司祭、翼が四つ、六つある天使などが描かれています。彫刻も線はシンプル、どことなく日本の仏像の様な印象を受けるキリスト像です。木材で作られている事もその印象を強めます。
 
ゴシックブースを見てみます。題材は同じくキリスト教。こちらは若干リアルタッチ。聖人(キリスト教の偉人)やキリストの復活の場面、地獄の様子などが描かれていました。残酷なシーンが頻繁に見られます。聖人の描かれ方が独特で、一枚のキャンバスが漫画のように枠があり、中央に聖人の凛々しい姿が描かれ、その周辺に聖人にまつわるエピソードが描かれています。私が知っている聖人は目を抉り取った(抉り取られた?)聖ルチアと逆さ十字架の聖ペテロぐらいです。これを見ると聖人の最後は皆凄惨なものだったようです。
 
道を歩いていると、ブケリア市場というものがありました。中を覗いてみると観光客用の市場という様子で、入口付近にはお菓子の量り売り、果物屋等、奥に進むにつれ、肉、ハム、野菜、魚なども取り扱っていました。お腹が減ってきたので市場内のお店で食事しようと思ったのですが非常に混んでおり、かつ高かったので断念。
 

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宿の近くにあったテラス席のお店でタパス(スペインの料理スタイル、一皿頼むとお酒がついてくるらしい)を注文することにしました。スパゲッティとピザのどちらにするか聞かれたのでスパゲッティカルボナーラを注文。タパスにはイカリングとクリームコロッケ、フライドポテト。飲み物はビールを頼みました。タパスの味はまあまあ。スパゲッティはそれなりに美味しかったです。料金を払う時点になってビールの分も別途とられていることに気付きました。おいおい別料金かよ。自分が入ったお店の名前をチェックすると「東方飯店」とあります。観光客用のメニューなのでしょう。
 
今回はこの辺で。ではでは。
 

2018年 世界一周旅行 in ポルトガル その1 リスボン

ご覧頂きありがとうございます。ヒロです。
 
ポルトガルリスボンにやってきました。
ポルトガルは西に大西洋、周りをスペインにぐるりと囲まれた小さな国です。しかし大航海時代はこの国もイスパニアの一部の重要な拠点としての役割を持っていました。街は石畳に覆われ、お洒落な建物が立ち並び、小さな可愛らしい路面電車が走っています。なんだか最近同じような文言を何度も繰り返しているような気がします。。。
 

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セビリアのバスターミナルでバスを待っていると、前から「こんにちは」と日本語が聞こえ、ビックリして顔を上げると目の前に日本人女性が。モロッコで私の姿を見かけていたらしく、声をかけてみたそうです。彼女は女性二人組でヨーロッパ何カ国か回っており、次は私と同じ行き先のリスボンに向かうそうです。しかし残念ながら私とは異なるバス会社でした。リスボンで時間があったらまた会いましょうという約束とLineで連絡先を交換。一足先に出発する私はバス前で待っていると、今度は若い日本人の若者と出会いました。彼はユキさんといいヨーロッパを周っているそう。彼とはその後リスボンで一緒に行動する事になります。リスボンのバス停に到着したのは朝6:30頃。まだ外は真っ暗です。ユキさんは宿もまだ決まっていなかったという事で、私が予約していた宿に一緒に行ってみるとの事。バスを降り、まずは近くに地下鉄の駅があったはずなので歩き出し、ほどなくすると入口が見つかりました。丁度私たちが着いた時間が始発時間だったらしく、駅員によって扉が開かれました。
 
券売機で乗車券を購入。行先を選択する必要が無かった事から、距離に関係なく一律1.45ユーロのようです。地下鉄に乗り、宿の最寄り駅であるAvenidaに到着。外に出るとお洒落な建物が立ち並ぶ大通りの真ん中に出ます。宿はこの大通り沿いにあるようですが、本当にこんな場所に安宿があるのかと訝しがりながら歩き出します。宿の近くまで来ましたがそれらしき建物は見つかりません。「あった!」とユキさんが歓声と同時に指差したその先には、壁の小さなボードにNew Lisbon Concept Hostelという宿の名前が。おそらく景観を損ねないように派手な看板を設置することが出来ないのでしょう。周りを見ても原色のネオンといったものはありません。
 
宿に入り荷物を預けると、宿のフロントでシントラのロカ岬への行き方を尋ねます。ロカ岬とはユーラシア大陸最西端にあるという岬で、私の読んだいくつかの旅行記にも良く出てきた場所です。同じ質問をよくされるのか、宿特製の案内マップが用意されており、これを使って説明されました。これによるとLisboa - Rossioという駅で電車に乗り、シントラ(Sintra)駅に移動。その後403番のバスに乗って移動するようです。まだ早朝だったのでカフェが開くまで待ってから移動しようと思っていたのですが、まだチェックインしていないのに朝食を食べていいよと言われありがたく朝食を頂きます。ユキさんはまだ宿を決めかねており悩んでいましたが、私はロカ岬を目指して出発することにしました。後で彼に聞いた話では、彼はお腹の調子が悪くその日はずっとトイレにこもっていたとのこと。また宿は別のところにしてました。後日彼と一緒にシントラに行き、私は二度シントラに行った事になります。
 
さて、まずはLisboa - Rossio駅に移動、チケット売り場でシントラまでの乗車券を購入します。値段は16ユーロでした。高いなあと思っていたのですが、これは一日乗車券だったことに気付いたのは後の事で、リスボン市内からシントラ地区間の電車の乗車券、及びシントラ地区のバス乗り放題のチケットでした。大きい割にがらんとしたLisboa - Rossio駅のホームから電車に乗り、揺られること40分ほどでシントラ駅に到着。シントラ地区も有名な観光地らしく、宮殿や庭園などがありました。
 

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一人で来た時にはシントラ宮殿だけを見学しました。シントラ宮殿は素朴な小さな宮殿で建物そのものよりも窓から眺めた町の風景が美しく印象的でした。床や階段、手すりなど所々に木材が使われており、なんとなく親しみが感じられます。
 

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ユキくんと二人で訪れた時にはレガレイラ宮殿に行きました。ここはとても庭園がユニークで、巨大な縦穴や長い洞窟が掘られ、それらがつながり合い、庭のあちこちに繋がっているのです。その様子はまるでテレビゲームのダンジョンのようです。道や洞窟がどこに繋がっているのか確認しようと庭を二人で歩き回り、それを楽しんでいる自分に気づきました。子供なら大喜びすると思います。

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次に二人で向かったのはペーナ宮殿。ここは周辺の1番高い丘の上に建てられ、と手も歩いて行けそうになかったので、バスに乗って移動。お城は白、黄、赤などで塗られており、統一感の無さに違和感を感じますが、お城の居住スペースに置かれた豪華なテーブル、ティーセット、ベッドやチェストなどが置かれ、当時の王族の生活が感じられます。外壁からは遠くに町が見え、家々は皆オレンジ色の屋根と白壁に塗られているのが分かります。
 

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そしてシントラからバスに乗って揺られること30分、ロカ岬に到着します。バスから降りると右手に灯台があり、目の前には多肉植物の草原が広がり、黄色や赤色の花を咲かせていました。海を見ると、激しく岸壁に叩きつける波が見え、浅瀬はエメラルドグリーンに輝いています。岬の先端にモニュメントが立っています。ここの場所に立つと旅の終わりを感じさせ、しんみりした気分になってしまいました。私の読んだ旅行記でも、この場所を訪れた筆者達は、ほぼ旅の終局を迎えていました。実際私の旅もそろそろ終わりです。ヨーロッパをあと数カ国回ったとしても、残るは南米、北米だけ。南米大陸もせいぜい一、二カ国、北米も寄るのはアメリカだけのつもりです。これまでの旅路と旅の終わりを考えながらこの美しい光景からしばらく目を離せずにいました。
 

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そしてそんな感慨とは無縁の、2回目のユキくんとのロカ岬は、暗闇に覆われていました。出発時間が遅かった事、そして庭園巡りに想像以上に時間をかけてしまい、すっかり遅くなってしまったのです。夕日が沈む様子が見られるかも、という淡い期待を抱きバスに乗り込みましたが、岬に近づくにつれ辺りは闇に覆われていきました。岬に着いた時には完全に日は落ち真っ暗です。帰りのバスの終電が気になって仕方がなく、バスから降りるのが躊躇われましたが、終電は八時過ぎまであったので降りる事にしました。といっても周りは真っ暗、海も景色も見えません。しいて言うなら灯台の照らす閃光と遠くに見える街明かりが綺麗でした。
 

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リスボン市内も散策しました。ひとつはサンペドロデアルカンタラ展望台。ここには屋台があり、リスボンの街並みと海が見えました。しかし緑の柵があり景色が見づらかったのが残念。
 

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サンタジェスタのリフトは街中にあるエレベーター。ただのエレベーターではなく、上段には非常に豪華な装飾が施されています。周りにそれなりの高さのある建物に囲まれているので飛び抜けて高い訳ではありませんが、ここからの眺めはなかなか綺麗でした。実は最上階は有料ですが、その下にある展望台は歩いて入る事が出来、無料でした。この情報は先に市内観光していたユキくんに教えてもらいました。
 

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コルメシオ広場。広場中央に大きな石像があります。広場の周辺にはレストランがありテラス席で観光客が寛いでいます。目の前にテージョ川があり、砂浜の上に服を着たまま寝っ転がっている人が多く居ました。
 

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さてセビリアで出会った女性二人連れですが、リスボンについてから本当に連絡をくれました。近くのスーパーでワインを買い、彼女達の宿泊先に向かいます。彼女達が泊まっていたのはリベイラノーヴァ市場という大きなフードコートの裏でした。エアービーアンドビーというアプリで、個人所有の物件に泊まったとか。普通の個人アパートなのでキッチンがあり、彼女達の自炊にご相伴にあずかりました。地元のスーパーで手に入れたローストチキン、トマトのサラダなどのほか、なんとおにぎりと味噌汁まで!何でもお米や調味料を日本から持ってきたそうです。その晩はお互いの旅の出来事を語り合いました。彼女達の話を聞くと、旅行期間は一ヶ月半、イギリス、フランス、モロッコ、スペインと周り帰国。リスボンには一泊だけ、明日には出発するそう。モロッコで長居しすぎた為時間がなくなったそう。お酒に弱いとかでワインを飲んだのは私だけ。数時間の食事の宿に帰ります。
 
ユキくんからも連絡があり、その後数日間一緒にリスボンを観光したのは前記の通り。彼もなかなか面白い経歴の持ち主でした。英語ペラペラだったので、英語うまいね、どこで勉強したのと尋ねると、アメリカの大学に4年間いましたからとの事。エリート街道のような学歴ですが、卒業後は一旦日本に帰国し就職します。その後ドイツのワーキングホリデーを取得して、今はヨーロッパを長期で旅行中だそうです。同じ宿のロシア人の勧めでリスボンの次は、ポルトに行くとの事。やはり外国で出会う人々は一癖二癖もある人ばかりです。
 
そうそう、書き忘れていた事がありました。事はユキくんとのやりとりから始まります。
 
「ずっと咳してますね」
「うん、モロッコに行ってから喉の調子悪くて。一週間ぐらい前からかな」
「海外旅行の保険入ってないんですか?」
「いや、入ってるけど。病院は嫌いなんだよね」
「保険が切れてて使わない人は沢山いましたけど、保険に入ってるのに使いたがらない人初めて見ました。使わないともったいないじゃないですか」
「まぁ確かに・・・」
 
海外で病院に行くのは抵抗がありますが、せっかくなので保険を使ってみました。前回ベトナムでは呼吸困難で意識朦朧とした状態で保険会社に電話し、大変な目に遭いましたが今回は喉風邪なので気が楽です。
 
まず東京海上日動のサポートセンターに電話します。オペレーターに要件を伝え、薬局で薬を買っただけでも保険が効くか確認しましたが、それは駄目との事。病院の手配をお願いすると、病院の場所、予約までしてくれました。しかもメールで情報を送ってくれました。予約してくれたのはデスコペルタス病院。話しは通してあるので大丈夫ですと言われて安心出来ました。実際病院に行ってみると全然通っていませんでしたが。
 
しかし今回はかなり電話対応が違います。前回ベトナムで電話した時は、病院の場所や電話番号を教えてはくれましたが、後の連絡や予約は自分でやってと言われ、愕然としました。しかもその時は間違った電話番号を教えられたりして、何度も保険会社に連絡を繰り返し、切れそうになりました。
今回失敗したのは、通訳をつけられるのにつけなかった事。症状を伝えるだけならともかく、病院のシステムが分からないので、来て貰えばよかった。
 
デスコペルタス病院は中心街より少し離れており、地下鉄で病院に向かいましたが、そこから1kmほど。冷たい雨が降る中トボトボと歩き続けると、左手に大きな病院が見えてきました。
 
病院の受付に向かい、予約している旨を伝えますが怪訝な顔をされます。どうやらここは救急病棟の受付だったらしく、別の病棟を案内されます。教えられた別病棟の受付に行きます。受付してくれたのは太めの看護婦さん。マスカラをこんもりと塗りつけており、瞬きするだけで疲れそうです。彼女に予約済みであるという事をgoogle翻訳スペイン語で見せましたが、伝わりません。保険会社からの話しは通っていませんでした。その時、保険会社からのメールを思い出しました。メールには、要件は伝えてありますが万が通じなかったらこれを見せてくださいと書かれ、添付ファイルの書面がありました。
 
その書面を見せるとやっと納得してくれました。診察時はまたgoogle翻訳で、喉が痛い、咳が出ると打ち込み、画面を見せたら分かってくれました。薬の処方を書いてもらい診察は終了。今度は処方箋を持って町の薬局に行きます。ヨーロッパでは薬局は分かりやすい看板が付いており、緑の十字のネオン看板です。町のあちこちで見かけました。宿近くを歩くとやはりすぐに薬局は見つかりました。店内には白衣を着たおばさんがおり、処方箋を見せます。薬は飲み薬二種とスプレータイプの計三つ。スプレーは在庫がないと言われましたが、飲み薬だけで良いと良い、購入。約8ユーロ。随分と大きい箱に入った薬をもらいましたが、錠剤も日本のより一回り大きい。一錠の長辺が1cmぐらいあります。これだけ大きければ効くでしょう。その後しばらく薬を飲み続け、なんとか咳は収まってきました。
 
今回はこの辺で。ではでは。